閖上漁港宮城県名取市仙台平野沿岸部の被災復旧状況
− 2011.11.19(土)曇 −
 6時20分に鳥の海(亘理町)を後に亘理塩釜線を北上、岩沼市の沿岸部を抜け仙台空港の脇を通過、名取川に架かる閖上大橋の手前を右折し閖上漁港まで約30分かかりました。

 ここ閖上漁港も津波災害は甚大で先月まで一般車進入禁止になっていました。

 ここ“閖上漁港”は、今回の出張で立ち寄りたいもう一つの場所でした。
亘理塩釜線から閖上漁港に折れ最初に目に飛び込んできた風景
 出張前に“鳥の海”と“閖上漁港”をグーグル地図の航空写真で大凡の状況は知っていました。それを実際に目の当たりにし胸が痛みました。

 商店街を含め、ガレキが取り除かれた被災地は砂漠のようになっていました。

 一瞬に何10兆円という国家資産を消し去った東日本大震災。自然の力の巨大さを改めて感じました。
狭い道路を挟んだ商店街があったはず 長い歴史も一瞬に消し去った
 名取川の河口部、自然の高台などあろうはずがありません。

 河口から3km入った仙台東部道路は、かつて「災害時の臨時飛行場」の機能を有すると聞いた記憶があります。

 そして「巨大津波からの非難場所」とも・・・・。3kmといえば40分ぐらいかかる。それに登口がない高架道路にどう登ればいいのでしょう。
貞山堀北幹線に架かる橋から内陸左手を眺める この方向に蔵王連峰が見えるはず
 仙台の中心部と異なり高層ビルは1棟もない。また、津波の被害を免れたと思われる家すらない。逃げようにも何処まで行ったらいいのか・・・・。

 商店街で商売を営んでおられる多くの方は年配者のはず。妻のように免許証を持っていても運転歴が皆無、そんな人もおられるはずだが・・・・。

 非難する車で大渋滞。そこに巨大津波が襲ったとも報じられていました。
貞山堀北幹線に架かる橋から内陸正面を眺める この方向に漁船の方位標なる大東岳が見えるはず
 名取川は勿論のこと、貞山堀も津波の流路になったようだ。被災地の被害状況からアスファルトの無力さを知った。

 津波は回転しながら進むというので、進行方向に直角に交わる道路は陸側が深く抉られ堀状になっている。

 道路の法面、陸側を斜面にすると道路破損も多少は抑えられるのではないだろうか・・・・。
貞山堀北幹線に架かる橋から内陸右手を眺める この方向に仙台市民の山“泉ケ岳”が見えるはず
 閖上漁港には知られている笹蒲鉾メーカーが2社ほどあったと記憶している。その工場や売店も跡形もなくなっていた。

 また、私がお世話になっていた会社の協力会社の工場もあったが、同様に消滅していた。

 渡カニやシャコエビを買いに来た鮮魚店もあったが、どの辺りなのか見当も付かない程に変わり果てていた。
貞山堀北幹線に架かる橋から沿岸左手を眺める この方向に名取川河口が見えるはず
 全てが流され建造物がなくなった閖上地区、こんなにも広かったと感じると同時に空しさが込み上げてきました。

 閖上漁港の街並みは陸地方向に約1km、海岸線方向に約2kmといった広さです。

 ものの数分足らずで写真のように変わってしまった。ここでも自然の脅威をまざまざと見せ付けさせられた。
貞山堀北幹線に架かる橋から沿岸右手を眺める この方向に砂浜が見えるはず
 前述の通り、上2枚とこれより2枚の写真でもその違いが明確に判ることが起きている。

 閖上漁港がある広浦、海側(無傷に近い)と陸側(著しい破壊)の壊れ方が著しく異なっている。

 段差は地震によるものではなく、津波の破壊力(水圧)によるものだと推察する。
名取川が流れ込む広浦に閖上漁港がある
 8ケ月が経ち、予想を上回るスピードで後片付けが進み、その甚大さも初めて目にする人にとっては感覚も異なるほどです。

 来月からの冬季間の車での出張は止めます。来春までに復旧は更に進むことでしょう。

 被災地の状況報告は今回で終了の予定です。ここで改めて被災地の皆様にお悔やみとお見舞いを申し上げます。復旧・復興の更なる進展をお祈り申し上げます。
広浦に架かる橋の陸側袂で朝市が開かれる
Midi 希望 
− 合掌 −