常磐線全線開通 (茨城県・福島県) 原発災害から満9年
2020.03.020(金) 晴
 3.14そして3.16、中一日空けて10cm弱の名残雪が降った。さて、3.11も過ぎ東日本大震災から満9年が経った。旅の未知草も、これと言った当てもない。何で知ったか今になると判らなくなったが、「3.14常磐線全線開通」を知る。ならば、再び国道6号を北上してみようと決めた。
 【大洗磯前神社】(岩礁に立つ神磯の鳥居) 茨城県大洗町
 
 大洗海岸の「磯前神社」が、日出ビューポイントであることを知った。予報では荒れ模様との事で一抹の不安があるも、24時(10分前)に家を出た。4:00に到着、朝食ならびに仮眠で日出(5:40)を待つ。
 駐車場は2/3程埋る。水平線から天頂まで分厚い雲が覆う。日の出は期待できないが、5時を回ると、ぞろぞろと車から降り砂浜を歩き磯前神社の「神磯の鳥居」へと進む。
 防波堤は所狭しと、カメラを構えたり三脚を立てたりする人たちで混雑していた。立入禁止になっている岩礁に降りる者も数人いた。水平線上に、わずかにでも雲の隙間が出来ることを期待するも叶わなく、その場を離れる。
 6時を過ぎた頃、砂浜から駐車場に上がる。2台のカメラを両手に、10cm足らずのコンクリートの段差に躓き前倒、2台のカメラを無残にも叩きつけてしまった。痛む指先からは出血、長距離ドライブで固まった身体が反応出来なくなっていた。(まさに年齢を感じ愕然とした瞬間であった)
 
 徳川光圀公が「あらいその岩にくだけて散る月を一つになしてかへる浪むかな」と詠んでいる。日の出もさておき、月の出(満月)も見応えがあるようだ。
 【五浦岬公園】 茨城県北茨城市
 
 初めての場所でないため、五浦岬公園(太平洋に突き出す大津岬の突端にあり、名勝・五浦海岸を望むベストスポット)から「六角堂」の遠景撮影のみに留めた。
 
 岡倉天心が設計した「六角堂」、彼は「観瀾亭」(大波を見る建物)と呼んでいた。画像は、五浦岬公園にある「天心邸」。岡倉天心(1863-1913)は、日本の伝統美術の優れた価値を認め、美術行政家、美術運動家として近代日本美術の発展に大きな功績を残した。
 【波立薬師】(弁天島) 福島県いわき市
 「波立薬師」(はったちやくし)弁天島は「波立寺」(はりゅうじ)は、大同元年( 806)、徳一上人が海上鎮護を念じ、天竺渡来の薬師如来を安置して創建したと伝承。
 
 
 岩礁の左後方に竜巻状の飛沫が確認できた。
 
 
 波立海岸にかかる弁天島への朱塗りの橋から望む美しい初日出は人気があり、初参りで混み合うようです。
 【Jヴィレッジ駅】(常磐線) 福島県楢葉町
 
 東日本大震災で全面閉鎖となっていた「J ヴィレッジ」のグランドオープンに合わせ開業した。(2019.4.20
 
 悪天候(激しい横風)で普通列車2本の運休を知らせる表示、今回の旅の未知草の目玉ゆえ落胆を隠しきれず。
 【天神岬】 福島県楢葉町
 【第二原子力発電所】(国道6号線信号) 福島県富岡町
 
 普通列車の運休は承知、特急列車は遅延しても動くのではと事前に確認した撮影ポイントで待機すれど現れず。
 【夜ノ森駅】(常磐線) 福島県富岡町
 東日本大震災の影響により運転を見合わせている常磐線富岡~浪江間については、同区間に設定された帰還困難区域の一部において、避難指示が解除される期日が決定したことから運転を再開。これにより、常磐線は9年ぶりに2020.3.14より全線運転再開になった。
 この情報を知っていたので、何度もインターバル撮影のテストを行い準備をしてきた。国道6号「月の下」を左折し県道112号より「夜ノ森駅」まで5秒毎に撮影した。
 「帰宅困難区域」で唯一規制解除された一本道、「夜ノ森駅」(東口)付近を抜け左回りで西口に着く。
 【夜ノ森駅】(東口は帰還困難区域) 福島県富岡町
 車を停車し社外撮影が可能な場所で撮ったものを掲載する。(インターバル撮影と重複あり)
 帰宅困難区域(立入禁止)を抜ける一本道の桜並木である。今もって両側はフェンスで閉ざされている。9年前と同じ風景が、時の経過の重苦しさを伝えている。
 「夜ノ森駅」下り方向直ぐにある陸橋より駅舎と桜並木を撮影する。右画像は西口である。
 「夜ノ森駅」には、私と同じ撮影目的の数人が訪れるのみ、強風による運休中とは言え、果たして地域の乗降利用者は居るだろうかと思えば心が締め付けられる。
 【夜ノ森駅】(町内再撮影) 福島県富岡町
 
 「夜ノ森駅」を後に、「上り」方向にある陸橋より帰宅困難区域に向かう。土地勘がないので、迷った訳ではないが同じ場所を何度も通過したことで、規制解除は極めて限定されたものであると再認識した。
 政府は2020.4.10、東京電力福島第一原発事故で福島県富岡町に出した避難指示を一部解除した。対象は、同14日に全線運行再開を控えるJR常磐線の夜ノ森駅と、周辺道路計約1.1kmの帰還困難区域。現在の不通区間に含まれる夜ノ森駅の利用を可能にするための措置で、宅地は含まれず住民帰還は伴わない。道路の両側に進入を防ぐバリケードを新たに設置。国は夜ノ森駅周辺の約390hを、再び人が住めるようにする「特定復興再生拠点区域」として整備を進め、2023年春の避難指示解除を目指している。
 【帰宅困難区域】(国道6号線) 福島県富岡町→大熊町(第一原電)→双葉町
富岡消防署北 新夜の森 大熊町
国道6号線沿いの熊町(大熊町字熊) 熊町郵便局前
三角屋 三角屋先 大熊町役場
大熊選果場前手前 大熊選果場前 大熊選果場前先
東大和久 中央台(第一原電1,850m 中央台先
HOTEL よい子 CLUB 長者原(第一原電1,230m 双葉町第一原電1,230m
陣場下(第一原電;1,380m 高万迫手前(線量;0.761μSv/h 牛踏(双葉駅手前)
 こんな記事を見つけたので「前置き」として・・・・環境省では、放射性物質汚染対処特措法に基づく汚染状況重点調査地域の指定や、除染実施計画を策定する地域の要件を、「0.23μSv/h」以上の地域であることとしている。
 【双葉駅】(常磐線) 福島県双葉町
 
 東京電力福島第一原発事故で全域避難が唯一続く福島県双葉町で、一部区域(北東部の避難指示解除準備区域とJR双葉駅)の避難指示が34日に先行解除された。
 
 
 双葉駅の歩行者陸橋は記憶に残っている。この道路は、国道6号線だったとも記憶するが不確かだ。岩沼に18年(1986-2004)住んでいた。初期の頃だったと思うが、双葉海水浴場のキャンプ場で、熊谷・横浜時代に社宅が一緒であったK君(APN勤務)夫妻とキャンプした記憶が真新しい。
 【浪江駅】 福島県浪江町
 
 「浪江駅」の一日平均の乗車人員は、震災前の2010年は734人、営業再開(2017.4.1)当時は18人、2018年は24人であった。
 
 ちなみに、2019331日に一部の全域避難指示は解除されたが、20202月までは「帰還困難地域」が町内の大半を占め、町内の居住人口は事故前より大幅に減少し、現時点で約1,100人余が居住している
 【JR常磐線全線開通】
 
 314日、福島第一原発事故に伴い営業を停止していたJR常磐線の3駅(双葉駅、大野駅、夜ノ森駅)が営業を再開(特急停車駅は大野駅・双葉駅)する。だが、これら3駅の周辺は、「帰還困難区域」に指定されており、最短でも2022年まで居住禁止。住むことができない町に、電車(特急E657系、普通E531系)が走る。
 【旗巻古戦場後】(旗巻峠) 宮城県丸森町
 
 「旗巻古戦場跡」は、宮城居住の想い出の地である。墓地では無いが「私達家族」(犬のみみちゃん、猫の姉妹クロちゃん・シロちゃん、クロちゃんの子であるトラちゃん・トラ男くん)の想い出カプセルが埋まっている。
 「旗巻古戦場保勝会」様協賛で標柱(ミモザアカシア巡拝記念植樹、ミモザは二世も根付かず)を2004年に建てて頂いた。柱元が朽ちて倒れていたが、まだまだ全体はしっかりしている。
 標柱を立て直し、クロちゃんの子で、パンダちゃんの子「みみちゃん」が昨年(2019.1.5)亡くなったことを報告し、しばし合掌。クロちゃんの血は途絶えてしまった。今回の「旅の未知草」は、「旗巻古戦場跡」で幕を閉じた。仙台のホテル、16:56チェックイン、走行距離546km、翌2121:40帰宅420km、総走行距離969km
  MP3 導きの糸