旗巻古戦場跡 (宮城県) 記念標柱修繕紀行
2020.11.020(金) 曇/小雨
 今春、旗巻古戦場跡に立ち寄った際、記念標柱が朽ちて倒れていることを知った。近いうちに修繕しなければと気になっていた。これと言って行きたい場所も無く、天気予報も「曇/雨」、数日前に土木紀行にしようと決めた。
 最初予定はAM3:00発、徐々に早まりAM1:00、最終的に家を出たのは23:45。途中「四季の里緑水苑」〈郡山市〉と「花と歴史の里蛇の鼻」〈本宮市〉の紅葉を観てから「旗巻古戦場跡」で土木工事、その後「西円寺」(丸森町)の紅葉、「笹かまの里」で土産、「田園」で海鮮を食べ、「コープ宮城」で地酒を買うとの計画であった。
 【松川浦の夜明け】 福島県相馬市
 1時間の繰上げと道路交通状況の良さもあり、須賀川通過は5時台、郡山バイパス手前で、行く手の頭上で真っ赤な閃光が・・・・やってしまった。「碑撮り旅」での参詣寺社様、どうぞご利益を・・・・。ならば・・・・と、気分転換も含め「旗巻古戦場跡」に直行しようと決めた。
 「東北中央自動車道」の相馬ICを降り、国道115号・県道74号を朝日をめがけ→その地点は「 Google Map
 
 【旗巻古戦場跡】 宮城県丸森町
 今回の「旅の未知草」は、ここ「旗巻古戦場跡」での「土木作業」が主目的である。今年の320日の「旅の未知草」(常磐線全線開通)、最終立ち寄り先が当地であった。「旗巻古戦場保勝会」様協賛で標柱(ミモザアカシア巡拝記念植樹、ミモザは二世も根付かず)を2004年に建てて頂いた。柱元が朽ちて倒れていたが、まだまだ全体はしっかりしている。その時は、土を掘り簡単に立直し、改めて修復しようとその場を立ち去った。
 早いもので8ヶ月が経過した。雨風で標柱は再び倒れているであろう。倒れたままで良いから、そこに在って欲しいと願い工事資材・道具等は運ばず様子見に行った。「旗巻古戦場保勝会」関係者の方だろうか、マユミの木に立て架けて下さってあった。その様子を知り、感謝の念で思わず感涙してしまった。「ありがとうございます」と、ただただ合掌する以外にするすべもなかった。ここを選んで本当に良かった。辺りの整然と管理された状態をご覧頂きたい。モノは造っても、その後の無管理で自然と化した史跡名所等を数えきれないほど目にしてきた。
 朽ちた部分を切除しキシダレコールを塗付した。切断面、防腐剤の浸透状況から、非常に堅い木材を使って頂いていることを17年近くなって初めて知り、再びありがたく思う。合掌
 
 砕石入生コンを半袋ほど持参、四方八方から眺め垂直になるようマユミの根元(ほぼ元の位置)に埋設した。切断除去したので、その短足さが滑稽で思わず吹き出してしまった。共に暮らした犬のミミちゃん、猫のクロちゃん(長野に一諸に転居したパンダちゃんの母親でありみみちゃんのお婆ちゃん)シロちゃん(クロちゃんの姉妹)、トラちゃん(パンダちゃんのお兄ちゃん)、トラ男くん(クロちゃんの末っ子)、家族大勢の墓石が埋まっている。今春にみみちゃんが亡くなったことは報告済み、クロちゃんのDNAは既に途絶えている。
 修復を終え着替えを済ませてから、宮城での17年間の生活で「愛を与えてくれた家族」に現況を報告し、史跡講演入口の紅葉の画像を添え・・・・「またね」と、「第二の故郷」の証の地を後にした。
 最後3枚の画像は「旗巻古戦場」「戊辰戦争戦死者」等の碑です。
 【マリンゲート塩釜】 宮城県塩釜市
 「金華サバ缶」が欲しく塩釜港まで足を伸ばした。店主との話が弾み、発泡箱満杯に海産物を買い込んだ。
 【塩竈神社】 宮城県塩釜市
 さて「宮城の紅葉」の旬は何時頃かとネット検索をしてはみた。仙台市街地の山側は道路が混雑しているし松島まで足を伸ばす気にはならなく、記憶に相談したところ近場の「塩竈神社」は・・・・間に合うか気にはなつていた。「景勝地」(自然)の紅葉も良かろうが、人手によるものとしたら「社寺の社叢」も計算されて造られているので見応えはあるはずだ。「晴れ男」も小雨に遇い気の毒だろうと、「紅葉ぐらい」は旬でも良かろうととのおぼし目で「旅の未知草」の絞めに相応しい楽しみを与えて頂いた。
 小雨の中、「塩竈神社」を後にしたのは12:40、ホテル近くの「コープ宮城」で「地酒」(浦霞・一ノ蔵)を購入、加えて夕食の「生寿し」も・・・・夕食には早過ぎるが「生寿し」も食べ「幸楽苑」へ、ホテル横のGSで給油、ホテル着は14:48、車内整理等を済ませ15:00にチェツクイン。今日の走行距離は501.1km。入浴後に熟睡、23:00に寝覚ラツキー、二度寝に乾杯。翌日は14:55発、家に着いたのは21:41、走行距離418.8km、総距離922.6km、履き替えたばかりのスタツドレスは高価だけあって抜群のコーナーリング。
 
  MP3 悠久の絆