被災地も梅雨明け宮城県岩沼市 急ピッチで進む片付け
− 2011.07.16(土) 晴 −
 第2の故郷、岩沼で目を覚ます。朝日山公園に行ってみる。ここはゼフの観察ポイントの一つだ。仕事着に着替える場所としても適地である。
岩沼市二の倉工業団地先の防風林 左写真の左手前の住宅地
 6時前に公園駐車場に着く、何と早朝散歩の人達でごった返している。これじゃ、カメラ片手に草むらを物色していたら怪しい目で見られてしまう。
防風林の外側の沿岸道路(北方向) 防風林の外側の沿岸道路(南方向)
 今まで通行禁止になっていた岩沼市二の倉工業団地に行ってみた。沿岸部には松林の防風林が南北に続き、その海岸側に防風林に沿って直線道路が開けている。海岸沿いの道路脇にはヒヌマイトトンボが発見された湿地があり海浜公園になっている。行ってみたいが気が重く眺めるだけにした。
海浜プール横の空き地に並ぶ被災車 岩沼二の倉工業団地
 そこには海浜プールや海浜緑地、介護施設もある。以前にも記した“ヒヌマイトトンボ”の棲息沼地もある。そのような素晴らしい海岸線を10mを超える巨大津波が一呑みしてしまったのである。岩沼は他の被災地より復旧の進度が速いと聞く。
 道路信号は消えたままだ。復旧工事の大型ダンプがひっきりなしに走っている。7時少し前に、警察車両が到着して手信号で交通整理を始めた。
県道10号亘理塩釜線は工事関係車両で込み合う
 二の倉工業団地、県道10号亘理塩釜線を阿武隈川河口に架かる亘理大橋から仙台空港まで見て回った。
巨大津波の爪痕を雑草が覆い隠す
 仙台空港で時刻を確認、7時45分。ヤバイ、一般道では遅刻してしまう。仙台東部道路の仙台空港ICで乗り顧問先に向かう。
雑草が伸び水田地帯は自然に戻りつつあるのか・・・・
 名取市は、仙台東部道路も津波が乗り越えたようで、耕作地は雑草が生え、その間から浮遊物が顔を出していた。
 被災地を見ての感想は、甚大な被害なのに予想以上に片付が進んでいたこと、また、雑草が津波の爪痕をかなり覆い隠したことだ。そして被災地の皆様も、この雑草のように強く生きて頂きたいと感じました。
 第530話(復興への祈り)で紹介しました“この空に生きる”第2節に次のような歌詞があります・・・・「青空に 青空に 向って生きる 木の芽を見よう」〜と
 津波で半壊(全壊)した一角に真新しい柱が立っている。津波に襲われ、地盤沈下で湿気のある土地に新築住宅・・・・やはり、先祖様から受け継がれた土地ということだろうか。
 最初の1ページは初めて足を踏み入れた“二の倉工業団地”周辺、2ページ目は“復旧に立ち上がっている”状況と一応編集してみた。
 これより3ページ目は“地盤沈下”地帯を集めてみた。岩沼の市街沿岸部の水田地帯であるが仙台圏というだけあって新興住宅地でもある。
県道10号の陸地側も地盤沈下で水が溜まっている
 耕作地の塩害も大変だが地盤沈下は手の施しようもない。この一帯は、湿地性作物の栽培を研究した方が付加価値も稲作より得られるのではないだろうか。
県道10号の海側の耕作地は湿地帯や沼地に化している
 さて、顧問先の営業会議より・・・・。震災に遭い壊滅的被害を受けたというのに仮店舗で営業を初め順調に立ち直ってきている得意先が少なくないという。
水草が生え一帯は湿地になってしまうのか・・・・
 そんな事業者に共通して言えることは、兎に角“元気”だという。くよくよしても始まらない。自分の足で一歩一歩、歩き出すしかない。ゼロからのスタート、元気な事業者は震災前よりこぞって売上が多い。(震災特需を元手に再構築のチャンスを掴みましょう)一方、白河の放射線量オーバーの問題が新たな懸念(東北の陸路玄関口、ここが閉鎖されたら・・・・)を生んでいるのも事実です。
 1秒でも早く、放射能拡散を止めて頂きたい。また、復興論議は今日この瞬間の命の継続があっての話、これを考えた政治を行って頂きたい。いかに素晴らしい復興計画でも、そこに住む人がいなければ無意味です。お金を掛けて造った仮設住宅の入居率は・・・・。(被災地で生活する自然人・法人の心の痛みを、元住民(心の故郷)の声としてお届けします)
 Midi 祈り 
蝶と里山の浪漫紀行
− 合掌 −