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旅の未知草「芭蕉句碑めぐり」 |
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細道を碑撮り馳せるや走馬灯 |
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− 「奥の細道」旅中と思える期間に詠まれた作品を中心とした代表的な句碑(青文字;「おくのほそ道」掲載句) − |
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湯殿山銭ふむ道の泪かな |
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其玉や羽黒にかへす法の月 |
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月か花かとへど四唾の鼾哉 |
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めつらしや山をいて羽の初なすひ |
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「おくのほそ道」(出羽三山)元禄2年6月3-10日、「湯殿山」を詠む曽良の句。芭蕉「湯殿山」句碑の前に建つ。(山形県鶴岡市湯殿山神社) |
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「おくのほそ道」(出羽三山)元禄2年6月3-10日、「羽黒山」での作。伊豆大島に流罪となり果てた羽黒山第50代別当「天宥法院」を偲んで詠んだ追悼句。(山形県鶴岡市三山大愛教会) |
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「おくのほそ道」(出羽三山)元禄2年6月3-10日、「羽黒山」での作。「天宥法院」筆による「四唾図」(豊干禅師・寒山・拾得・虎の4人が眠る図)への画賛句。(句碑なし)。画像は天宥法院出身の岩根沢三山神社にあるご両親のお墓。 |
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「おくのほそ道」(出羽三山)元禄2年6月10日、「出羽三山」参詣を終え「鶴岡」に出て鶴岡藩士「長山重行邸」へ。ご馳走になった珍しい長茄子を褒めることで挨拶吟とした。(山形県鶴岡市長山重行邸跡) |
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暑き日を海に入れたりもかみ川 |
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文化元年(1804)の象潟地震で海底が隆起し陸地化
松尾芭蕉の没年は1694(110年後) |
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象潟や雨に西施かねふの花 |
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象潟の雨や西施かねふの花 |
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象潟三句文学碑
象潟の雨や西施かねふの花
ゆふばれや櫻に涼む波の花
腰長や鶴脛ぬれて海涼し
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腰長や鶴脛ぬれて海涼し |
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「おくのほそ道」(出羽三山)元禄2年6月14日、「鶴岡」での作。「曽良書留」では「寺島彦助亭にて」(酒田)とある。(山形県酒田市日和山公園) |
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「おくのほそ道」(象潟)元禄2年6月15-18日(1689)、「象潟」での作。郵政省が芭蕉旅立300年を記念し「奥の細道記念切手」を発行、第7集にノミネートされ記念碑を建立。(秋田県にかほ市象潟駅) |
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「おくのほそ道」(象潟)元禄2年6月15-18日、当時の象潟は「蚶満寺」の周りまで海水が満ちていた。「象潟や」の初案が句碑になっている。(秋田県にかほ市蚶満寺) |
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「おくのほそ道」(象潟)元禄2年6月15-18日、象潟の句碑はいずれも「象潟自詠懐紙」の句形、「腰長や」は「汐越や鶴はきぬれて海涼し」の初案。(句碑なし)。(秋田県にかほ市象潟駅) |
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No.10 |
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旅人 & 撮影者 福澤三雄(長野県東御市) |
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