-細道を訪ね描くや古希の旅-
昼つ方 奥の細道“塩釜”描き
(宮城県)
2017.05.020(金) 晴
 昨日は長距離ドライブの疲れもあり爆睡・・・・7時前に宿を引き払い顧問先に向かう。しばらくして携帯が鳴る。社長様からで体調が悪く会議を欠席されるとのこと、午前の営業会議が終えたところでお暇をする。すぐに家路に着こうとも考えたが、「落穂拾い #Ⅱ」も良かろうと「昼つ方」(ひるつかた)の「鹽竈神社」に向かう。
 鹽竈神社;宮城県塩釜市
鹽竈神社大鳥居 鹽竈神社左右宮拝殿 鹽竈神社随身門
 「鹽竈神社」の参拝は出張日程の関係で、ほぼ「払暁の鹽竈神社参詣」を重ねていた。境内には「文治の灯籠」と「文化の灯籠」の二つがあり、「文化と文治」が錯誤、当然写真もなし、いつか撮ろうと思っていた。
 昼間眺める「千賀ノ浦」(塩釜湾)には、松島南部景観が眺められる。右からの出っ張りは、松島四大観のひとつ「多聞山」(偉観)であろう。中央左マンションの先に見えるのは「馬放島」かと思う。そして彼方は、松島四大観のひとつ「大高森」(壮観)がある宮戸島になる。
 
「奥の細道の文学碑」   志波彦神社
文化の灯籠 文治の灯籠(向って右側) 文治の灯籠(向って左側)
 「文化の灯籠」(文化6年/1809年)は伊達9代藩主周宗公が蝦夷地警護の凱旋の後奉賛として寄贈したもの、とても煌びやかで目を惹く。肝心の「奥の細道」で芭蕉が触れている「文化の灯籠」は「鹽竈神社左右宮拝殿」の左右両端にある(説明板)。ところで「左右宮」、参詣する場所は「左右宮拝殿」で後方左手に「右宮本殿」(経津主神/ふつぬしのかみ)そして後方右手に「左宮本殿」(武甕槌神/たけみかづちみや)が祀られている。
 勝畫楼(廃寺の法蓮寺書院);宮城県塩釜市
 
 木造平屋建の「勝画楼」は18世紀中頃の建築、明治の廃仏毀釈で法蓮寺が廃寺、「画にも勝る」として取り壊しを逃れた。明治天皇の宿泊所、料亭として利用、雨漏りや腐食が進み昨年末(2016/12)に取り壊しが決まった。
 
 まだ残っているか覗いてみた。
 
 3ヶ月前(2017.2.18)にも来ている。その際に「季違い」の句を詠んでいる。
 
色褪て病葉消ゆる勝画楼(塩釜)12.2017.sum
「画にも勝る“勝画楼”」、もし庭の草木が描かれていたなら、それは時の経過で「病葉」(わくらば)のように色褪せるだろうか・・・・。「病葉」(わくらば)は三夏の季語。
病葉や色褪消ゆ勝画楼(塩釜)32.2017.sum
 季節に合せ「推敲」してみたが・・・・。
 
 「幻の灯台」跡地を撮り「勝画楼」を後に、真夏のような暑さのなか東参道(裏坂)を汗だくになりのぼる。
 
 大正ロマン感じる「海商の館旧亀井邸」(和洋併置式住宅)に涼を求め一休み。総合商社「カメイ」(創業者亀井文平氏)を知らない宮城県人はいない。カメイ三代社長の亀井文蔵氏(仙台トヨペットの創業者)が集めた世界の蝶(約4,000種、約16,000頭)の展示室「パピヨン」(350㎡)が仙台トヨペットにあり、宮城在住の頃に見学したことがある。
松蝉に惹かれ涼とる昼つ方(塩釜)33.2017.sum
 鹽竈神社の裏坂の途中にある「大正ロマン感じる」、和洋併置式住宅の「亀井邸」の庭から「松蝉」の鳴き声が聞こえてきた。汗を拭き拭き石畳を上るなか、一時の涼が欲しく立ち寄った。冷房が無くても涼しい。「松蝉」;初夏の季語、「昼つ方」=昼の頃
 
 家路に着く前に、みなとオアシス「マリンゲート塩釜」に寄った。

 土産に「海産物」、昼食に「醍醐味丼」・・・・いつものパターン。
 家路に着く前に、みなとオアシス「マリンゲート塩釜」に立ち寄った。13時前に家路に着き22時過ぎに着いた。総走行距離は1,274kmであった。