-細道を訪ね描くや古希の旅/細道や一碑一会の旅日記-
秋時雨 奥の細道“鼠ヶ関越え”描き
(新潟県村上市→山形県鶴岡市-月山花笠ライン-東根市)
2017.10.020(金) 雨
 出張が近づくにつれ天気が崩れ(秋雨前線+台風21号接近)、終に傘マーク、多少なりとも雨脚が弱い日本海沿岸へと計画(笹川流れ⇒鶴岡市内⇒月山花笠ライン沿線)を一部修正し決行した。
 笹川流れ;新潟県村上市
 「碑撮り旅」に伴い国道7号“著名な一桁国道”(2007年までは政令都市を通らない唯一の国道、現在は100万都市を通らない唯一の国道)は、私にとって「馴染みの国道」になっている。これまで「笹川流れ」という看板を横目に見て通り過ぎていた。今回は「坂町鼠ヶ関道」(国道345号)をメインイベントにおいた。「雨降り」は承知、「雨傘・合羽・新調の長靴」に「カメラを包み拭う「バンダナ・タオル」まで持参という出で立ちだ。
 海府ふれあい広場(磯の香と夕映えの郷);新潟県村上市
 
 国道7号を左に折れ瀬波(村上市)より「坂町鼠ヶ関道」を5kmほど走った左手の海岸縁に駐車スペース(海府ふれあい広場)があった。
 鳥越山~桑川駅;新潟県村上市
 
 「国道345号」は、新潟県村上市坂町から海岸寄りの道を北上し鼠ヶ関までを「坂町鼠ヶ関道」(60km弱)と呼び、鼠ヶ関より先(山形県)は内陸(山間)寄りで鶴岡市に至る。
 
 雨具がなくても平気といえる小雨、露出不足で採用画像はコンデジ(TG-4)のもの・・・・晴の日に改めて撮影に来たい場所だ。上4枚、左側画像は坂町方向、右側画像は鼠ヶ関方向、内陸寄りは葡萄山塊。
 是より「笹川流れ」(桑川駅~寒川駅間の11kmにわたる海岸線);新潟県村上市
 「笹川流れ」の象徴的存在の「眼鏡岩」周辺、「蓬莱山」等を撮影し「笹川流れの撮影を終える。
 北中芭蕉公園;新潟県村上市
 
 
曾良随行日記
 廿七日 雨止。温海立。翁ハ馬ニテ直ニ鼠ヶ関被趣。予ハ湯本ヘ立寄、見物シテ行。半道計ノ山ノ奥也。今日も折々小雨ス。及暮、中村ニ宿ス。
 廿八日 朝晴。中村ヲ立、至る葡萄。甚雨降ル。追付止。申ノ上刻ニ村上ニ着。宿借テ城中ヘ案内。喜平・友兵来テ逢。彦左衛門ヲ同道ス。
 北中(中村)に芭蕉句碑がある。句碑01「さわらねば汲まれぬ月の清水かな」(さわらねば くまれぬつきの しみずかな)、元禄26月、「奥の細道」旅中「越後路」での作。(建立;1989.8
 
 北中集落の北中バス停に「芭蕉の宿泊地標」がある。
 鼠ヶ関址(古代鼠ヶ関址/近世念珠関址、説明板);新潟県上越市
 
 鼠ヶ関駅近くの「古代鼠ヶ関址」ならびに「近世念珠関址」ならびに「義経上陸の地」を撮影した。
 塩俵岩(立岩温泉跡);山形県鶴岡市
 句碑2「あつみ山や吹浦かけてゆふ凉み」(あつみやまや ふくうらかけて ゆうすずみ)、元禄2618-25日、「奥の細道」旅中「象潟から酒田に戻る帰路」での作。(建立;1967.8.28
 長山重行邸跡;山形県鶴岡市
 
 六月十日 申ノ刻、鶴ヶ岡長山五良右衛門宅ニ至ル。粥ヲ望、終テ眠休シテ、夜ニ入テ発句出テ一巡終ル。
 
 句碑3「めづらしや山をいで羽の初なすび」(めずらしや やまをいではの はつなすび)、元禄2610日、「奥の細道」旅中「鶴岡」で鶴岡藩士「長山重行邸」を訪ねての挨拶吟(曾良・重行・露丸)。(建立;1969.12)。歌仙⇒脇;重行は「蝉に車の音添る井戸」(せみにくるまの おとそえるいど)、第三;曾良「絹機の暮閙しう梭打て」(きぬはたの くれさわがしう をさうちて)、第四;露丸「閏弥生もすゑの三ヶ月」(うるうやよいも すえのみかづき)。「初なすび」⇔「民田なす」(庄内名産;みんでんなす)。歌仙の第三・第四の読み方が分らなくネットで調べると・・・・辿り着いたURLは「第800話」(惚け?)
うそ寒し細道を尋く古希の旅 40.2017.aut
 山王日枝神社;山形県鶴岡市
 句碑4「珍らしや山を出羽の初なすひ」(めずらしや やまをいではの はつなすび)、元禄2610日、「奥の細道」旅中「鶴岡」で鶴岡藩士「長山重行邸」を訪ねての挨拶吟。(建立;1843)。
 山王日枝神社;山形県鶴岡市
 
 「長山重行邸跡」から「内川乗船の地跡」へは北東方向に徒歩230m、「山王日枝神社」に駐車できず車で移動したため道に迷った。結局、「山王日枝神社」に車を止め徒歩で倍近く歩き回ってしまった。説明板
 たにしの楽校(旧朝日村立大綱小学校田麦俣分校跡);山形県鶴岡市
 「田麦俣分校」は平成17年に124年の歴史を閉じた。山形の庄内から村山を結ぶ山岳古道「六十里越街道」筋の「田麦俣」は、朝日山地を越える峠の宿場町として山岳信仰・出羽三山「湯殿山神社」参拝者で古くから賑わった。
 田麦神社;山形県鶴岡市
 
 「田麦俣分校」の校庭脇に「田麦神社」が祀られている。境内に芭蕉句碑がある。
 句碑5「語られぬ湯殿にぬらす袂かな」(かたられぬ ゆどのにぬらす たもとかな)、元禄263-10日、「奥の細道」旅中「出羽三山」で詠まれた句。(建立 )。
 多層民家(旧遠藤家);山形県鶴岡市
 「田麦俣分校」は「旧遠藤家」後方の高台にある。田麦俣は雪深いと聞く、秋の収穫で忙しい時期なのに・・・・人も犬も鶏の姿もなく、じっとたたずむ多層民家は冬の訪れを閑かに待っているようだ。シャッター音が、何処となく物哀しく木魂のように心に浸み渡る。
冬近し時も閑まる田麦俣 41.2017.aut
 小雨ながら本降り、この後の「湯殿山神社」と「五色沼」の次の「大井沢湯殿山神社」をパスさせることにしたので多分2時間の余裕が生じるであろう。(予定の行動)
 五色沼;山形県西川町
 「六十里越街道」の脇に「五色沼」があり、旅館の庭先に句碑がある。姥ヶ岳と月山が句碑後方に見えるはず。
 
 句碑6「語られぬ湯殿にぬらす袂哉」(かたられぬ ゆどのにぬらす たもとかな)、元禄263-10日、「奥の細道」旅中「出羽三山」で詠まれた句。(建立 )。
 月山・弓張平;山形県西川町
 月山花笠ラインから六十里越街道で五色沼に来た。その道を再び下る途中の「月山・弓張平」で車中より「紅葉の走り」を眺めながら昼食休憩(12時半)。
 月山湖(寒河江川);山形県西川町
 上画像の橋(大暮橋)の先に「月山IC」が見える。また、下画像の月山湖に突き出た部分が「月山湖の龍」、高架橋は山形自動車道。
 口之宮湯殿山神社(西川町本道寺);山形県西川町
 句碑7「語られぬ湯殿にぬらす袂哉」(かたられぬ ゆどのにぬらす たもとかな)、元禄263-10日、「奥の細道」旅中「出羽三山」で詠まれた句。(建立1817)。句碑が無い?何処に移動・・・・句碑
 
 「口之宮湯殿山神社」の石段、月山花笠ライン沿いに数多くの石碑が並べられている。この一帯における石仏・石碑文化の研究が盛んに行われているようだ。本道寺集落にあったものを集めたのだろうか・・・・本道寺集落は寒河江ダム(月山湖)下に位置する。
 高所を走る月山花笠ラインから本道寺集落を見下ろす。
 称念寺;山形県大江町
 
 「称念寺」の境内に芭蕉句碑がある。句碑8「五月雨をあつめて凉し最上川」(さみだれを あつめてすずし もがみがわ)、元禄2528-29日、「奥の細道」旅中「最上川越後路」、「大石田」での作。「あつめて早し」の初案。(建立 1774.5.12
 寒河江八幡宮;山形県寒河江市
 「本堂」左側に芭蕉句碑がある。句碑9「雲の峯いくつ崩れて月の山」(くものみね いくつくずれて つきのやま)、元禄263-10日、「奥の細道」旅中「出羽三山」、「月山」を詠んだ句。(建立 )。横置き画像
 六田宿;山形県東根市
 
 六田宿の斎藤本店焼麩工場の敷地に芭蕉句碑がある。句碑10「眉はきをおもかげにして紅粉の花」(まゆはきを おもかげにして べにのはな)、元禄2517-27、「奥の細道」旅中「尾花沢」での作。(建立1989.7.13
 「斎藤本店焼麩工場」近くの交差点に「芭蕉像」がある。建立碑に芭蕉句が刻まれている。句碑11「行末は誰肌ふれむ紅の花」(ゆくすえは たがはだふれむ べにのはな)、元禄2527-28日、「奥の細道」旅中「立石寺」への途次六田宿の内蔵(高橋内蔵介)にもてなされた。そのお礼に詠んだ句。(建立 )。
 出発前から「秋時雨」と覚悟を決めていた。露出不足もあり全体に暗い画像になった。日本酒・ワイン等の土産は予定通り、作並街道沿いの「某愛子店」で買い夕食を済ませ、19時チェックイン、走行距離599km。マッサージをお願いし疲れをとり熟睡できました。