信濃の細道 地元の句碑巡り(其の弐)
 2014.12.09(火) 快晴
 「ふたご座流星群と闇を浴びるツアー」(小海町)の「未知草」として計画したが、あまりにも好天のため4日前に撮影小紀行に出掛けた。絶好の撮影日和だったが最終地の松原湖に着いたのは正午で雪が舞い始めた。「奥の細道、随行日記」で知られる河合曾良の「生誕の地」諏訪編に次ぐ信州紀行の2回目だ。
  【諏訪神社】立科町茂田井
 
 句碑①「山路來て 何やら床し すみれ草」(やまじきて なにやらゆかし すみれぐさ)/(野ざらし紀行)、この
句は貞享2年、京都から大津に至る山路を越えて行く旅中で詠んだ句。「床し」を「愉し」と読みかえてみよう。
 春日に向かう途中で降り帰ると、我が家から見える景色とは異なる浅間山系(烏帽子岳から浅間山)が・・・・路肩に車を止めカメラに収める。
  【竹の城火の見櫓脇】佐久市春日
 「春日の火の見櫓」というだけの事前情報、今回もグーグル・スリトートビューにお世話になった。
 芭蕉の句碑は2つ、中央②と右端③で句文は読み取れなかった。
 
句碑② 句碑③ 句碑③の側面
 句碑②「春もやゝ 氣色とゝのふ 月と梅」(はるもやや けしきととのう つきとうめ)/(真蹟自画賛・続猿蓑)、元禄6年春の作。句碑③「山里は 萬歳遅し 梅の華」(やまざとは まんざいおそし うめのはな)/(真蹟懐紙)、元禄4年1月10日頃に伊賀の郷里での作。
  【新町公民館付近】佐久市春日
 
 句碑④「山里は 萬歳遅し 梅の花」(やまざとは まんざいおそし うめのはな)/(真蹟懐紙)、句碑③に準ずる。春日といえば、望月から八ヶ岳の大河原峠に行く「山里」だ。
【入新町公民館付近】佐久市春日  
 
 句碑⑤「山路來て 何やらゆかし 菫草」(やまじきて なにやらゆかし すみれぐさ)/(のざらし紀行)、貞享2年の作。句碑①に準ずる。ここまで、土地(建立環境)に似合う句が続いた。早春の日溜り、おにぎりを食べながら「六感」を持って句碑観賞をしたいものだ。(撮影紀行は分刻みの駆足撮影紀行故)
  【大日如来像】佐久市御馬寄
 句碑は「旧中山道」(県道44号)の「塩名田宿」を出て千曲川を渡り「八幡宿」に差し掛かる河岸段丘の上(県道沿い右手)にある。
 浅間山を背景に句碑を撮影した。後方は水田で開けている。
 
 句碑⑥「涼しさや 直ぐに野松の 枝の形」(すずしさや すぐにのまつの えだのなり)/(蕉翁全伝)、元禄7年5月11旬、伊賀上野の雪芝亭での作。
【荘山稲荷神社】佐久市平塚  
 
 句碑⑦「野を横に 馬引むけよ 郭公」(のをよこに うまひきむけよ ほととぎす)/(おくのほそ道)、元禄2年4月2-3日「奥の細道」旅中、那須の原での作。「平塚」は、旧中山道の「岩村田宿」と「塩名田宿」の中間。
 平塚の街中にある火の見櫓界隈に「刈かけし 田面の鶴や 里の秋」(かりかけし たづらのつるやさとのあき)という句碑があるとか・・・・どう探しても見当たらず。(撤去されたのかな?)
  【赤岩弁天堂】佐久市塚原
 
 句碑⑧「元日は 田毎の日こそ 戀しけれ」(がんじつは たごとのひこそ こいしけれ)/(真蹟懐紙)、元禄2年元旦の歳旦吟、「奥の細道」旅立ちへの計画が述べられているとか・・・・。
 佐久平を後に国道141号(古来の甲州往還)へと向かう。
【小日向郵便局】佐久穂町小日向  
 
 句碑⑨「ほとゝきす 聲横たふや 水の上」(ほととぎす こえやよことう みずのうえ)/(宮崎荊口宛書簡)、元禄6年4月29日、深川での作。句碑は、十石峠に向かう国道299号(旧武州街道沿い抜井川傍)にある。
  【本間川郷倉】小海町千代里
 
 句碑⑩「初雪や 幸庵爾 罷在」(はつゆきや さいわいあんに まかりある)/(あつめ句)、貞享3年12月18日、芭蕉庵すなわち深川での作。地元の観光協会を始めとして「本間川郷倉」の所在地を知る人は少ない。結局、現地で92歳になる老人に教えて頂いた。迷っては申し訳ないと軽トラで後を追って来て説明をして頂いた。
【松原諏方神社】小海町豊里松原  
 「松原諏方神社」の参道から松原湖畔に降りると「弁天島」がある。その下り坂の湖畔に句碑がある。
 「あつめ句」とは天和元年から貞享4年秋までの発句34句(春13、夏9、秋5、冬7)を自選したもの。
 句碑⑪「名月や 池をめくりて 夜もすから」(めいげつや いけをめぐりて よもすがら)/(あつめ句)、貞享3年8月、十五夜、芭蕉庵での作。
  【神光寺跡】小海町豊里松原
 
 句碑⑫「雪ちるや ほやのすすきの か里のこし」(ゆきちるや ほやのすすきの かりのこし)/(猿蓑)、元禄3年の作。この句碑は明治初年に廃寺になった「神光寺跡」(主画像は三重塔礎石)
 正午過ぎに予定の句碑めぐりを終え小雪が舞い始めた松原湖を後にした。時間的に物足りなさを感じながらも家路に着く。佐久平に戻ると青空だ。記憶を辿り「真楽寺」にナビを設定した。
【真楽寺】御代田町塩野  
 
  【真楽寺】芭蕉句碑
 
 句碑⑬「むすふより はや歯にひひく 清水哉」(むすぶより はやはにひびく いずみかな)/(新撰都曲)、「奥の細道」旅中、那須湯本での作という説もあるが確定に至らず。
 真楽寺からの帰路、浅間山ビューポイント「なにがし」という標識があったので車を路肩に止めカメラに浅間の雄姿を収める。なるほどと納得した。
 芭蕉句碑は全国津々浦々にある。句碑のみの建立数で第1位は群馬県、第2位は長野県、第3位は埼玉県といずれも群を抜き100を超える。芭蕉塚等を含めると山形県が3桁の大台に乗る。我が「信州信濃の国」が第2位とは驚いた。一方、生地の岐阜県は長野県の4割にも満たない。これも驚きだ。